Vol.1 東末真紀さん・大本晋也さん(1)


こんにちは。シチズンシップ共育企画・事業コーディネーター鈴木です。
教育ファシリテーター講座・ゲストインタビュー第1回目。

今回は、NPO法人神戸まちづくり研究所・東末真紀さんと、
兵庫県教育委員会・大本晋也さんをお迎えします。

インタビュアーは、当会代表の川中大輔。
じっくりお楽しみください。




(東末さん)



(大本さん)



川中:まず最初に、それぞれ今どんな仕事をしているか、というところから聞きたいと思います。

東末:私はNPO法人神戸まちづくり研究所の職員で、NPOとか市民団体とかを応援する仕事をしています。まちづくりの支援なので、ワークショップをすることが多いんだけど、どちらかと言うと、私は人材育成系のワークショップが多い。昨日はね、「地域福祉の担い手育成講座」でコミュニケーションのトレーニングを参加型でやってきた。

川中:まちづくりの担い手になるような人たちのための、人間関係であったりコミュニケーションのトレーニングのワークショップをしているんですね。
東末:そうやね、ファシリテーションと関連する所だとそうなるかな。

大本:僕は今、兵庫県教育委員会の社会教育課におります。もともとは学校現場にいたので、講義型の授業をずっとやっていました。でも、それがあんまり好きじゃなかったので、グループで何かをさせるとか、調べ学習させるとか、レポートをいっぱい書かせるとか。どっちか言うと生徒さんにとっては嫌な先生だったかも知れません。(笑)
東末:生徒指導もやってたんでしょ?
大本:生徒指導をやる前は、「先生が生徒指導されなあかんのちゃうん」ってずっと言われてましたから。ええ加減な教師と思われていたようで。(笑)


「参加型のまなび」と「主体性」


川中:学校の先生をされていて、大本さんはいつ、「参加型の学びの場」や「ファシリテーション」と出会ったんですか?

大本:一番最初は、現代社会を担当したときですね。高校1年生の現代社会は自由度が高いので、グループ発表形式の授業を部分的にやっていました。生徒自身がテーマを決めて、発表時間の中で授業をしてもいいし、みんなに話し合ってもらってもいいし。そんな感じで。現代社会ではそれくらいしかできなかったんですけど、高校3年の選択科目で「政治経済」を担当して、10数人の生徒と完全にゼミナール形式でやりました。フリーディスカッションもしーの、テーマについての発表とかもやりーの。卒論も書いて発表もしてもらいましたね。

川中:現代社会も政治経済も、やろうと思えば「教え込む」パターンも可能だったと思うんです。どうして、ゼミナール形式や調べ学習などを取り入れたんですか?

大本:やっぱりね、一番持ってほしかったのは、これから何十年と社会生活をしていく中での問題意識なんやね。「自分は社会の中で何が気になってるのか?それはどういうことなのか?」っていうのを自分で調べて、その結果を他者に伝えて、他者からどんな反応が返ってきて、っていう。このプロセスから学ぶものって大きいと思うんですよ。

川中:「じぶん」という言葉が多く出てきましたね。
東末:そうだね。

大本:現代社会もね、教えなあかんことはいくつかある。たとえば「三権分立」とかさ。確かに知っとかなあかんことかも知れへんけど、それ以上に、選挙とか「社会的に判断を求められる時」に、自分から情報を取っていかないと本当に自分が選びたい候補者がわからないでしょ。生きていくためにほんまに必要な力って何かっていうのにはこだわった方がええと思う。

東末:大本さんがその手法を選んだのは、学習効果だけじゃなくてその子自身に興味があるから、みたいに聞こえるけど、どうですか?

大本:やっぱり生徒も「自分からやらなきゃいけない」っていう状況になった方がより主体的になるし、いわゆる「わがこと意識」を持ってくれるし。普通の講義形式では、なかなかそれは生まないからねぇ。

東末:そういう風に考えるようになったきっかけはあるんですか?
大本:あるある。僕が「調べ学習して発表するやり方」に出会ったのが中学生のとき。僕に取ってはこれがヒットした。自分からアプローチして、わかったこと・調べたことを発表して、それをみんな聞いてくれて、みんなもわからんことを質問してくれた。その一連のことで自分が主体的になれたって大きい。
東末:自分が興味をあって学んだことっていうことで主体的になれた? 学びも大きかった?
大本:そう。だからワークショップっていうものがスーっと自分に入ってきたのは「主体性」みたいなところかな。やっぱり僕は。


ワークショップと「ゴール」


東末:そう考えると、まちづくりののワークショップとかは、参加形態が動員型が多いよね。
川中:住民さんを巻き込んでのまちづくりワークショップとかもされるんですね。
東末:なんだか予定調和的な気がする。
川中:なるほど、予定調和的。
東末:既に大枠が決まってて、その中で市民が「どうするねん」みたいなことを、出し合う。それでファシリテーターがちょちょいと組み立てる、みたいな。その予定に対する言いわけっぽい感じがしてしまうので、自分の気持ちも盛り上がりにくくて。
大本:一応は意見汲み取った、みたいな。
川中:やっぱりそういうところのファシリと、講座のファシリだと、参加者の声の受け止め方は違ったりしますか。
東末:基本的に、意見出してもらったりするときの関わり方は一緒。でも自分のイメージでは、まちづくりのほうのワークショップは、ゴールを依頼先から事前に聞いといて、みんなの意見を拾ってゴールに持って行ってあげる、みたいな頭の使い方をしてる。

川中:どっちかというと「編集している」感じが、強い。
東末:そうそうそうそう。
大本:確かに、「編集」っていう感じやな。
川中:なるほど、では、いきなりですが核心的な問いにいきます。去年の教育ファシリテーター講座で、「すべてではないですが学習指導要領の中で多く考えられているような授業の到達目標(〜について決められたことを知る)と、ワークショップで考えられている目標(〜について自分の考えをつくる)と、どこまで折り合うのか」みたいな議論になったんです。このことを踏まえると、「ここまでは全員が共通の理解に到達しましょう」みたいなゴールが設定されていて、その枠の中でワークショップのような手法を使うと、今みたいな話が起こるのでは、と思うのですが。

大本:やっぱりワークショップ的な手法っていうのは使いようだと思う。部分的には使えるかも知れへんけど、授業の中でも基礎・基本は講義でやらなあかんから、やっぱり全部を参加型の学びにデザインすることはまず無理、とは思う。

東末:教育現場に携わる人は、全部を参加型の学びみたいな風にしたいわけ?
大本:いやそれは思ってない。いやそれは無理だと思っている。
川中:そうですね。ただ、今多くの方が悩んでいるのは、一方的な講義だと、学生が聞いてくれない、寝ちゃうとか、いわゆる「これまでのやり方」がうまいこといかへんというところ。なので、そんな状況を変えたいと思って、ワークショップやファシリテーションを捉えている方は多いでしょうね。
東末:なんか、参加型にすべきことだからこそ、その手法をとるっていうのであればわかるけど、聞いてもらうために、っていうのは…。
川中:やはり、ちょっと違うんちゃうかと。
大本:うん。違う違う。違和感ある。
東末:うんうん。

「参加型」に向いているテーマは?


川中:では、どういうテーマが参加型に合うと思いますか?
東末:ルールや、ものをつくったりとか。今日一日どう過ごすか、とか。こんなこと学びたい、っていうのを深めていくとか。他の人の様子を見て何かが深まっていくような、そういう力がほしいときはワークショップにしたらいいなと思う。
大本:クラスづくりとか、学校でもやってたのは、3年間のライフデザインみたいなテーマとか。
川中:僕は、自分の考えや意見をしっかりつくる時などに参加型の手法はいいいと思っています。それにはたぶん2つポイントがあって、「自分で考えきるということ」と、「他の人の意見を聞いて自分の意見を鍛えること」。それは先生の意見を聞いているだけじゃ弱い。生徒の側も先生の意見を「答え」と思って、自分の意見と等価値に受け止めれないことも多いし。だから、参加型の向き/不向きは、科目もそうだし、その時の授業内容によって違いがあるかなぁと。

東末:そやなぁ。「とにかく覚えたらいい」みたいな場面もあるもんね。
川中:社会科の授業や総合的な学習の時間は向きやすいし、国語とか、感性を磨いていくようなものもすごく向いていたりしますね。
大本:国語表現とかなら、なんぼでもできるよ。そういうの。
川中:「著者の言いたかったことは何か」というよりかは、「私はこれを聞いてどう思ったか」みたいな話なら参加型のほうがやりやすいかと。いやはや、いきなり核心的な話ですねぇ。(笑)

《vol.2に続く》